HARMONY 〜風と光の旋律を乗せて〜 |
||
『・・・んー・・』 その日だけでいったい何度唸り、そして何度ため息を吐いた事だろうか・・・ 椅子に見立てた大きな岩に、ノリコは腰掛けていた。・・・風が心地良く頬を撫でる。 目の前には焚き火がパチパチと音を立て、まるで命あるもののように炎の先を時折薫らせながら燃えている。 書き付けていたノートからを視線を外し、空を見上げた。 晴れてはいるが、今日は雲を全体に薄く伸ばしたような・・・そんな感じの空が拡がる。 既に陽は西に傾いており、薄い雲越しに幾分和らいだ光を纏いつつ、その姿を覗かせていた。 『・・・お日様と・・空と・・雲・・・どっちの世界も、一緒なのよね・・・・』 手元のノートに視線を戻す。そしてやはりまた、ため息が漏れた・・・。 『・・・辞書・・・あったらなぁ〜・・』 思わず漏れた本音・・・ 今までに何度、その事を思っただろうか・・・ それがあれば、もっと楽に言葉を覚えられるだろうに・・・と。 無論、いつもイザークが解かるまで丁寧に教えてくれる。だから、随分といろんな言葉を覚えてこられたが・・・ 『異世界語版和訳辞典。そんなのがあったら、間違いなくあたし買ってるわ・・・』 とはいうものの、そんな便利な物など、当然この世界に存在する訳がない。 例えそれが買えたとしても、お金を持たないノリコはイザークに買って貰うしかない。 書誌という物が比較的高価なこの世界で、辞書やら書物やらの類がいったい幾らするものなのか・・・ いずれにせよ、贅沢な事であると容易に想像がつく。 『・・・どっちにしても、やっぱり迷惑掛けちゃう・・か。・・・あ〜あ・・』 言葉を習っている今のノリコにとって、結局はイザークに頼る他、術がない。 愚痴っていても始まらず、たとえ片言でも実地で使いながら覚えていくしか、今のノリコには道がないのだ。 『・・・とにかく、頑張らなくちゃね・・・・』 (日常会話が出来るようになるまで頑張らなくちゃ・・・そしたら、イザークにもきっと恩返し出来るよね。 いっつも迷惑掛けてばかりなんだもん・・・ うんっ、頑張るのよっ!) 決意新たに、両の拳をぐぐぐっと握り締めた。 (ちゃんと会話したい・・・ あの時みたいな失敗は、もうしたくないもの・・・) 思い出す・・・―――― 以前に立ち寄った町での事・・・ 実地訓練と言えば聞こえが良いが、町の中のある店で試みた買い物・・・―――― しかし、結果は惨敗だった・・・。 「・・・こ、これ・・・あの・・」 「へぃ、らっしゃい。それは一つ十ゾルだよ、お客さん。幾つだぃ?」 「え、・・じゅ・・じゅう・・・ゾ・・・ル?・・えと、ひと・・・」 ヒアリングをしつつ、更には単語を確かめながらだったので、ノリコは金額を確認して一個と言おうとしたのだが、 その店の主人はせっかちだったのか・・・、ノリコの言った「じゅう」を「十個」と勘違いしてしまい・・・ 「十個だね、全部で百ゾルだよ。はぃ、毎度ありっ!」 そして、ノリコの腕の中にはドンッと積まれた十個の袋が・・・・。一瞬にしてその顔が蒼くなり、 少し離れた所から様子を伺っていたイザークは、案の定、額に手を当てため息を漏らした。 「いえ・・・あの、ちがっ・・・」 慌てて訂正しようとするが、焦りからか言葉が上手く出て来ない。見かねたイザークが近寄り、ノリコの肩に手を遣り彼女を 止める。不安げな顔で見上げると、視線は店に向けたままのその人が「大丈夫だ・・」と短く告げ、店主の前に 歩み出た。 「店主・・・すまないが・・・」 「あ?・・・何だい?あんた・・・」 怪訝な顔をする店主に、イザークは事情を説明し頭を垂れる。勿論ノリコも目いっぱい頭を下げた。 瞳の端に涙が滲む・・・ 情けない思いに駆られる。 言葉を上手く使えないという歯がゆさを、この時ほど思い知らされた事はないかもしれない・・・ 幸いにも店主は人の良い親父気質で、こちらの事情を汲んでくれた。それどころかノリコの面倒を見ている イザークを逆に労った上に、ノリコにも「頑張れよ!」と声を掛けてくれた。 店を離れた後・・・ 「イザー・・ク・・・ごめん・・なさい・・・・ 」 一つだけ購入したその袋を持ち、ノリコはイザークに謝りながらも俯いてしまう。 だが、イザークは振り返ると、ふっと微笑い・・・ 「誰にでも失敗はある・・気にするな・・・」 そうノリコに告げた。その口調は穏やかで、彼女を責める素振りなど全く見せなかった。 ――――ため息が漏れる。 それだけじゃない。あの時だって・・そう・・・ そして、更に思い出す・・・別な町での事も・・・―――― 丁度一週間前に立ち寄った町。そこでノリコは、持っていた鞄をひったくられてしまう。 『きゃっ!・・・なにっ!?』 いきなりぶつかってきた男に驚き、振り返った時には、既に彼女の鞄はその男の手に掴まれていた。 『あっ、あたしの鞄っ!・・・』 ノリコのただならぬ声に、すぐにイザークも気づいて振り返る。彼は雑踏の中かなり前を歩いており、 遅れないようにとノリコも彼の後を着いて行ってたのだが、休日の人だかりが目くらましになった所為か、 近づくその男の存在に気づくのが遅れた。 鞄の中にはノリコのノートとペンの入った筆箱、それにちょっとした身の回りの物を入れている。 慌てて追いかけようとするノリコを、雑踏の中を素早く戻って来たイザークが引き止め、じっとしているように言うと、 通行人の間を縫って地を蹴り高く跳躍する。その跳躍力には通行人の殆どが何事かと驚き、呆気に取られたかの如く その様に釘付けになった。 「くっ!・・退け退けぇっ!退きやがれぇぇーーっ!!」 周りの者達を蹴散らしながら走った為、誰もがその男を遠巻きに避け道を空けた。逃げ易くなったと、 ニヤリとその口元に男は笑いを浮かべる。だが、その目の前にイザークがダンッ!と勢い付けて着地した為、 流石の男も驚いてその場に急に立ち止まった。 「・・・なッ・・・!」 漆黒の髪をふわりと靡かせ、真っ直ぐな視線がその男を捉える。 「生憎だが、その中には金目の物は何もない。盗るだけ無駄だ、返して貰おう・・」 「な・・・なに言ってやがる・・・そんな事誰が信じるかッ!」 鞄を掴んだまま、その後もイザークの言葉に従うつもりなど毛頭ないかの如く、男は罵声を上げた。 そんな男の様子にため息を吐き捨てながら、尚もイザークは言葉を続ける。 「ならば、開けて中を見てみるがいい。その鞄の持ち主は俺の連れだ、そして財布は俺が持っている・・」 「っ!・・・なに?」 「そんなに、女物が欲しいのか?・・・あんた・・」 「!・・・ぅ・・・」 途端にその表情に顕になる、なんとも情けない色合い。さっきまでの勢いは何処に言ったか、もはや反論の 言葉すら上がらなかった。 「鞄を置いて失せろ。それとも・・・役人に引き渡されるのがいいか?」 「や、役人・・・?」 「・・いや・・・事と始第によっては、あんたが痛い目を見るという事も・・・あり得るが・・・?」 低く抑えてはいるが、重く響き渡るその声。そして氷のように冷たく鋭い視線が、怯んだ男を威圧する。 腰に携えた剣、更には彼の纏う雰囲気から、その言葉が冗談ではない事ぐらい男にも容易に理解出来た。 焦りの表情をたたえ男は周りを見渡す。通行人にも囲まれているのを認め、その顔がみるみる赤くなる。 「・・・くっ・・・くそ・・・」 結局男は持っていたノリコの鞄をその場に投げ捨て、 「覚えてやがれッ!」 と、その手合いにありがちな捨て台詞を残し、先程と同じく通行人を蹴散らすように走り逃げていった。 騒ぎの治まった周辺にはホッとする様子が見られ、歓声まで湧き上がる。 鞄を拾い上げ、付いていた土を払い落とすと、イザークはそれを、慌てて駆け寄って来たノリコに手渡す。 「・・・イザー・・ク・・」 「怪我はなかったか?・・・」 そう訊ねた彼の顔には、先程の男に向けていた険しさは既になく・・・ 穏やかに気遣うその声に、ノリコはホッとするのと同時に、情けない気持ちにも苛まれた。 「ごめん・・なさい・・あたし・・・」 「ん?」 「もっと・・・まわり・・・き・・つける・・・・・あたし・・・だめで・・・だから・・」 彼に着いて行くことしか頭になかった。言葉がまだ自由にならない為、彼に着いて行く事でその不安を拭っていた。 周りに気を配るゆとりなど全然なく、そんな気持ちが、きっと顔にも表れていたのだろう。 ・・・そこにつけこまれたのかもしれない。 ノリコの言葉に、目の前のその人は一瞬目を丸くする。・・・が、すぐに微笑い・・・、 (・・・・え・・・) 大きな掌が、頭をくしゃ・・と撫でた。伝わって来るその掌の温かみ・・・・ 慌てて顔を上げれば、彼の顔はやはり穏やかで・・・―――― 「怪我がないのなら、それでいい・・」 「・・・イザーク・・・」 目を見開き、彼を見つめた。 「行くぞ・・」 そう言って少し歩き出した彼は、すぐにまた振り返り、何も言わずに促すような視線を向ける。 ピクン―――― 一瞬身体全体が、何かで弾かれたような・・・ なんと言ったら良いのか解からない・・・ だけど決して嫌ではない、不思議なその感覚。 ノリコは、待っててくれている彼の元へと急いだ。 「通りは人が多い。俺の腕に掴まってろ・・」 「・・・えっ・・」 「それなら、さっきのようにはならんだろう・・・?」 見上げれば、穏やかなりにもやや悪戯な表情のイザーク。 ノリコは赤くなって頷き、素直に彼の袖に手を添えた。 ・・・イザークは全然怒らなかった。それどころか、優しい言葉まで・・・――――― ふぅーーー・・・ また・・・ため息が漏れた。 燃える炎の斜向かい側で剣の手入れをしながら、イザークはそんなノリコの様子を伺っていた。 関心がないのを装いながらも、いつの間にか視線が彼女の方に向いてしまう―――― そんな風になるのも、ノリコの存在が自分にとって、何処か今までにはない異質なものであるからなのか・・・ そして時に、自分がまったく予想もしないような反応を、彼女が返してくれるからなのか・・・ どちらにしても、彼女の一挙手一投足に、惹きつけられるものを感じていたのは確かだった。 その彼女は、手元の書誌をじっと見ては、自分には解からない異世界の言葉をぶつぶつ言い、更に拳を ぎゅっと握り締めたかと思えば、じっと何かを考えているのか黙って遠くを見つめ、ため息を吐いたりしている。 いったい、彼女は何をやっているのか・・・ そのくるくる変わる百面相のような仕草を眺めていると、口元まで緩む・・・ ・・・思えば、不思議なものだと感じる。 樹海に【目覚め】として現れたノリコ・・・ その彼女と、今も共に旅を続けている・・・ 【目覚め】がこんな女の子であると、どうして予想し得ただろうか・・・ 人との関わりを極力避けて来たというのに、その自分が、因りによって女の子と行動を共に する事になろうとは・・・ 皮肉としか言いようがない・・・ ・・・苦笑が漏れる。 なんて自分は、運がないのだろう・・・ 最初は、そんな風にさえ感じていた。 なんという厄介者を、抱え込んでしまったのだろう・・・と。 だが、今は・・・―― 若干、その気持ちにも変化が生じている。 戸惑いがあるのは今も変わりないが、こいつへ抱いていた反感がいつの間にか薄れてしまっている。 それに、なんだか放って置けない。危なっかしくて見ていられないじゃないか。 更に、どうした訳か、言葉を教える事を楽しいとさえ―――― ・・・・・・・・・。 最初はそれを否定した。なんて莫迦な事を・・・と。 言葉をまったく知らん者にそれを一から教えるのが、こんなに大変なものだとは思いも寄らず、 厄介で仕方なかったのに・・・ そう思いながらも、結局は解かるまで何度も教えている俺がいる・・・ 単なる莫迦なのか、それとも相当のお人好しなのか・・・ それとも・・・余程、辛抱強いのか・・・・・・ ・・・そうだな・・・俺にとっては、究極の辛抱なのかもしれん・・・ 【目覚め】と共にいることで、自分がどうなるかも解からない・・・ 先の見えない不安を抱えている事には変わりがないというのに・・・ だが・・・・・ 片言ではあるが会話も通じるようになり、以前よりはこいつの言いたい事も解かってきて・・・ いつの間にか・・・こいつとの会話が楽しいとさえ思えている・・・ まったく・・・滑稽な話だ・・・ 手入れを終えた剣を静かに鞘に収め、傍らに置いた。 そして、立てた片膝に寄り掛かるように腕を乗せる。 自然と漏れる、自嘲めいた笑い―――― ふと顔を上げると、ノリコが不思議そうな表情で、じっとこちらを見つめていた。 目と目が合う・・・。不意を突かれたような格好に、まるで、今考えていた事を全て見透かされて いたかのような、そんな錯覚に陥る。 「ど・・・どうした?」 思わず口元に手を遣った。取り繕うかのような問い。・・・それこそ、滑稽かもしれない。 「ぁ・・・、あの、・・・おしえて、ほしい・・・ことば・・・」 だが、そんなイザークの気など知らないノリコは、彼の様子に少し訝りながらも、遠慮がちに頼んできた。 「ノリコ・・」 「・・・いい?」 邪気のないその瞳。 「・・・ああ、何を知りたい?」 『えっと・・・風は・・・』 「え・・・と、ね、これ・・・なんていう?」 「ん?・・・」 「えと・・・ひゅーひゅー・・・ながれる・・・くうき・・・」 風の音を真似て言い、そして更には手で風の吹く様子を見せた。 「ひゅーひゅー・・・流れる空気?」 やや訝るが、ノリコの手の様子で、ようやく悟ったようだ。 「・・ああ、ターナディアス・・・風だな・・・」 「たな・・でいす?」 「ターナディアスだ。・・・但し、暦に使う名前と二通りあるが・・・」 「?・・・・こよに?・・・にゃまえ?・・・ふた・・とり・・・・・ん??」 上手く発音出来ないのか、ノリコはきょとんとしながら首を傾げた。 「たーな・・であす・・・こよに・・・にゃ・・まえ・・ふた・・・」 頭に手を遣り、もごもご言うが、どうにもよく解からないようだ・・・ そんなノリコの様子に、ついクスッと微笑いが漏れる。彼女の疑問には、地面に木片を使って数字を書いていく。 「十二ヶ月、それぞれの月には名前がある・・」 書きながら、一番目の月から名前を読み上げていった。そして、 「ターナディアスを表すのは六番目の月・・・」 「じゅうにゃかげちゅ・・・ろくばん・・め・・・?」 書かれる数字と図をノリコはじっと見続け、『あ・・』と声を上げる。 (これって・・・カレンダーの事だ・・・) イザークが書いていたそれが、自分の世界のカレンダーと同じものであると理解した。 そして、イザークは六番目の月の図を指し、「ターナ、風の月だ・・」と説明する。 ノリコの表情が明るくなった。 (そうか・・・カレンダーで、六番目の月が風の月なんだぁ〜・・・あれ?・・でも・・) 「イザーク・・・ターナ・・だけ?」 六番目のその月を、イザークは《ターナ》としか言わなかった。 「ああ、言葉としては《ターナディアス》を風として言うが、暦の名に使われるのは、《ターナ》それだけだ・・」 「ターナディアス・・・こっちが・・・ターナ?」 「そうだ・・」 「ターナ(風)の、つき・・・そうか・・・ありがとう、イザーク・・」 イザークの説明にノリコは図を指して確かめてから、満足げに笑顔を見せた。 「いや・・・」 彼女の屈託のない笑顔には、いささか苦笑が漏れた。・・・だが、笑顔を見るのはまんざらでもなかった。 (そうか。一月がイシュート、イシュータスが《最初》。二月がクレイル、クレイリアで《辛抱》。三月がユ・・・あれ? ユ・・なんだっけ・・・も一度訊いたら、悪いかな・・・) 「・・・あの、イザーク?・・・」 「なんだ?」 「あの・・・もいちど、おしえて?・・・ごめんなさい、あの・・・えっと、かく・・・かい・・て・・・おぼえる・・・」 「・・ああ、構わん・・・これは、」 もう一度イザークは一つ一つの言葉をゆっくり教えていった。そして聞きながらノリコは確認し、ノートにメモしつつ 何度も復唱する。その後もぶつぶつと繰り返しては、ずっと言葉の練習をしていた。 『・・・ぁ・・そうだ・・あれは何て言うんだろう・・・それから、イザークの・・』 不意に何かを思いついたのか、その顔を上げる。 「イザーク・・・えっと・・・イザークの・・・日・・は・・・どれ?」 「ん?・・・俺の・・・日?」 ノリコの指差す先には、さっきイザークが書いた、カレンダーの図がある。 月を順番に指しながら、ノリコは更に訊ねた。 「イザークの・・日・・これ?・・これ?・・・こっち?」 それでも、彼が不思議そうな顔をしているので、ノリコは少し考え、それから・・・・ 「えっと・・・いざーく・・おぎゃー!」 「・・・!?」 「おぎゃー!おぎゃー!・・・おぎゃー・・・おぎゃ・・ぁ・・・・」 「・・・・・・・・・」 多分それは、何かの泣き真似を意味しているのだろう・・・・ そうは思いつつも、イザークはノリコの台詞に怪訝な表情のまま、固まるしかなかった。 ・・・・更に、その場に流れる暫しの沈黙。 「ぁ・・・・・」 流石にノリコ自身、今のは突拍子もない事だったと後悔したのか・・・その顔が赤い。 (やだ・・・拙かったかな・・・でも、この世界で、赤ちゃんの泣き真似って・・・そんなに違うのかな・・・ええっと、 誕生日を知りたかったんだけど・・・なんて訊いたら・・・) 「あの・・・ごめんなさい・・・えと・・・イザーク・・・ちいさい・・・これくらい・・・・んー・・・うまれる・・」 言葉を必死に選びながら、手でも赤ん坊の大きさを形作って、抱っこする仕草をして見せた。 そして、カレンダーの図をまた指差し、次にイザークの方を指差す。 (あ〜ん・・・これで解かって貰えないかな・・・ダメかな・・・でも他になんて言えば・・・) 相変わらず固まったままのイザークを前に、ノリコは途方に暮れた。 (はぁ〜・・仕方ない・・・諦めようか・・・) 「あ、あの・・・イザーク、ごめんなさい・・・も、いいよ、・・・へんなこと、きいた・・・ほんとに、ごめん・・・」 イザークはずっと黙っていたが・・・・ふと・・ 「小さい、生まれる・・・抱いてあやす格好・・・赤ん坊のことか?・・・・それに暦・・」 「え?・・・」 「・・・俺の・・日・・・・・・・そうか・・・」 彼女の言った事を順番に思い起こし、更に地面に書いた暦を見て、ようやくその言いたかった事に気がついた。 「誕生日の事を言いたかったのか?・・ノリコ・・」 「たん・・じょ・・・び?」 自分を指差し、次にイザークはカレンダーを指し示す。 「俺の、生まれた日・・・誕生日。それを訊きたかったのか?」 「うまれた・・日・・たんじょ・・び・・・・・・うんうん!」 通じたのが嬉しいのか、ノリコの表情が途端に明るくなった。そしてまた、もごもごと「誕生日」を復唱し、 嬉しそうにノートに書き付けた。 だが、イザークはそんなノリコに、苦笑一つ漏らす・・・・ 暫く黙っていたが、ノリコが不思議そうな顔で自分を見つめた為に、またも苦笑を漏らしながら 暦の中のある月を指差す。イザークが指差したそこは、 「ターナの・・月・・・?」 「そうだ・・」 (そうか、イザークは風の月の生まれなんだ・・あ、でも何日だろう?・・) 「日・・・・いつ?・・・どれ?」 ノリコの問いに、また図のある点を指し示す。 『・・・最初の日・・・・あっ・・・そうなんだ・・』 「ありがとう、イザーク・・」 「・・・いや・・」 ノリコに教えた自分の誕生日・・・ だがそれは・・・誕生日であって誕生日ではなく・・・ 自分でも、正確なその日は解からない・・・ だから教えたその日は、単に年を一つ重ねる目安として己が決めている日に過ぎない・・・ だが、そんな事を彼女に説明したところで、仕方のない事だった・・・ それに、話したとしても・・・恐らく彼女は理解出来ないだろう・・・・ 若干の複雑な想いが、心を掠めた。 「イザーク、かぜ・・・イザークらしい・・・」 「え・・・・」 その言葉に顔を上げ、ノリコを見る。 「イザーク、はしる・・すごく、はやい・・・とぶ・・・すごく、たかい・・・かぜみたい・・・・・」 そんな風に言われたのは、初めてだった。 「風・・らしい・・・」 呟くその言葉に、ノリコは「うん」と頷いてみせる。そして、 「イザーク、あたし・・・この日!・・えへ・・」 「え・・・・」 ―――――! 思わずその目を見開く。笑顔で彼女が指差したそこは・・・ 「・・・レスタリウス(光)・・」 「うん。はちばんめ、つき、えっと・・・れ、れ・・・すたりゅす?」 「・・・・・・・」 これはいったい何の偶然か・・・ イザークは暫し、ノリコの顔をじっと見入ってしまう。 「光(レスタリウス)の月なのか?・・・あんた・・・」 思わず口から漏れたその問い。だがノリコは、イザークが何故驚いているのか解からず、きょとんとした顔で 聞き返す。 「ひか・・り・・の・・つき?」 「・・・あ、ああ・・あれだ・・」 言いながら、空を指差した。 「そら?・・・・」 「空ではない。もうすぐ西に沈む・・・あれだ・・」 イザークの指差した方をノリコも同じ方向から見つめると、西の空に傾いて、その眩しさは若干衰えてはいるが、 光溢れ、一際輝きを見せるそれは・・・―――― 「あれ、たいよう・・・?」 更に、イザークは地面にもう一度、今度は違う絵を描いてみせる。 丸い太陽を表すもの。そして、そこから注ぐ光の線を描き入れ・・・ イザークはその線を指差した。 「解かるか?・・・これが光(レスタリュース)・・・光だ・・」 「ひか・・り・・・」 (太陽じゃなくて、そこから注ぐ光の事?・・・へぇ〜、光かあ、何だか嬉しい・・・レスタリュース(※)が光・・・) (※)『光』について:言葉としては『レスタリュース』、暦に使われる場合には『レスタリウス』と分けてるようです。 他にも暦読みと二通りの読みのある月が幾つか程。中には同じ読みの月もあり。(管理人脳内設定より) 意味を知って、ノリコはまたも笑顔になる。 しかし、そんな彼女を見ながら、イザークは益々複雑な想いをその胸に抱いていた。 彼女がレスタリウスの月の生まれだとは・・・ いや、これは偶然に過ぎん・・・ だからといって、それで何を及ぼすと言うんだ。彼女が【目覚め】である事には変わりないじゃないか・・・ ―――光の月に生まれし者は、幾年に渡り幸をもたらさん・・・その全ての業をも覆い尽くさん程に・・・ ・・・・! 何を言っている・・・何を・・・ ―――光の恵みを受け・・・その身、幾年におけるまで幸多からん事を・・・ 昔、占者より聞いた言葉・・・ それが突然、脳裏に・・・ ―――そなたが求めているものは・・・ひ・・・ やめろっ――――!!!! 違うっ! 莫迦な事だ・・・これは単なる偶然に過ぎんっ・・・【目覚め】に何が出来ると言うんだっ・・・! やめてくれっ、幸をもたらすどころか、こいつはっ・・・・!!!!! 「・・・イザーク?」 「ぅ・・・・・・」 名を呼ばれて、ハッとする。 「イザーク・・・だいじょぶ?・・・・」 「え・・・・・・」 「つらそう・・・・かお・・・すごく・・・・・だいじょ・・ぶ?・・」 「・・・・ノリコ・・・」 心配そうに自分を伺うその姿。 「・・・すまん・・」 額に滲む汗・・・一瞬よぎる・・・酷い罪悪感。 「え?・・・」 ぎゅっと目を瞑る・・・・ 「いや・・・」 「イザーク・・・・からだ、どこ、いたい?」 吐息。そして目を開ける。・・・その眉根が寄る。 「いや、大丈夫だ・・・何でもない・・・」 「ホントに?」 「ああ・・・」 何を言ってるんだ、俺は・・・・ こいつは何も知らない・・・・ 何の責任もないというのに・・・・ だが、そんなイザークの想いなど知る由もないノリコは、彼の言葉に安心すると、また言葉の練習を続けた。 ◇ 空は夕方の朱に染まり、やや仄暗い様を呈していた。火にくべる木片を増やしながらふと空を見上げ、 イザークは何かを懸念するかのように眉根を寄せた。 「拙いな・・・」 その呟きに、ずっと言葉の練習をしていたノリコは、彼の顔を見つめた。 「イザーク・・?」 イザークの視線の先をノリコも見つめた。空がにわかに曇ってきていて薄暗いのに、遠くの方が妙に明るい様を呈している。 やや薄暗い空模様とその妙に明るい空模様とが、違和感を醸し出していた。 そしてそれは、ノリコにも自分の世界で何度か見覚えのある空模様だった。 (え、嘘・・・これって・・・もしかして・・・) ノリコが何かを危惧した時、遠くの空でゴゴゴゴゴ・・・・ と音が響く。しかもそれは徐々に近づいて来ていた。 「ノリコ、中に入ってろ。一雨来るかもしれん・・・それにこれは、」 イザークがノリコにそう告げた時、 カッ――――! 音の鳴っている所を核として、空全体が突然光る。 ビクンッ!!!!! 『ひっ!! 』 「ノリコ、大丈夫か?中に入れっ」 イザークの言葉が聞こえているのかいないのか、ノリコはその光にビクンと反応し、急に立ち上がる。体は強張っていた。 そしてその途端、凄まじい音が辺りに響く。それはノリコが自分の世界で聞いた音よりも遥かに大きく、 『きゃーーーーー!!!!!!』 耳を塞ぎ、凄い悲鳴を上げながら、ノリコは無我夢中で走り出す。 ドンッ――――! 「!」 『やだぁーー!!! あの音、やなのっ!大っ嫌いなのーー!!!!!!』 「ノ・・・ノリコ・・・」 イザークは面食らう。 異世界の言葉でノリコが捲くし立てるのにも驚いたが、それもさる事ながら・・・ ピカッ――――! 『きゃーーーーーーーー!!!!!!』 「ぅ・・・・・ノリ・・コ・・・」 先程一瞬抱いた緊張感は何処へやら、完全にイザークは毒気を抜かれてしまった。 無理もない。突然の閃光とこの世界の凄まじいそれの音に驚き恐怖したノリコは、無我夢中で走って来て、彼に抱きついたからだ。 後ろには洞窟の岩壁。そして、しっかりとしがみつかれている為、動く事も出来ない。・・・いや、動く事自体は可能なのだろうが、 肝心のノリコがぶるぶる震えている為に、動くに動けないと言った方が正しいかもしれない。 その後も閃光と轟音の度に、ノリコは悲鳴を上げてしがみつく。 イザークにしてみれば、彼女が何を言っているのか異世界の言葉で解からなかったが、その様子から、この現象を恐がっている という事ぐらいは容易に察する事が出来た。 それにしても、今までにも何度かこの現象に出くわしているが、ここまで顕著にこの自然現象を恐がる人間を見るのも、 ましてやその為にこうして抱きつかれるのも、恐らく初めてかもしれない。 ・・・いや、抱きつかれる事に関しては、最初に出会った時に、既に経験済みではあるが・・・ 二の句が継げないとは、きっとこの事を言うのであろう・・・ そしてイザークが懸念した通り、程なく夕立のように勢いよく雨が降ってきた。 焚き火は洞窟の入り口に突き出た屋根のような岩の下で燃していた為、雨に打たれる心配は無かったが、先程までノリコが 腰掛けていた岩は、雨に濡れている。 彼女の肩に手を添えながら、 「ノリコ・・・恐がるな、単なる自然現象だ・・」 そう説明するが、 「・・へ・・・・しぜ・・ん?・・げん・・・しょ?・・なに?」 ノリコはこわばった顔を上げ、よく解からないのか、聞き直す。・・・が、 ピカッ――――! 一瞬また辺りが真昼のように閃光に包まれる。 ビクンッ!!!!! その光にノリコの目は大きく見開かれ、そして、続く大きな音に、 『きゃーーーーーー!!!!! 嫌あああーーーーーー!!!!!! 』 またも悲鳴と共に、更に顔を胸に埋めてしがみついた。 「ぅ・・・・・・・」 身体の力が抜ける・・・・・・。 ・・・完全に調子を狂わされた。・・・そう感じずにはいられない。 ため息が漏れる・・・・・・。 ・・・・・・・・・だが・・・ 確かに不快な音ではあるが、女の子とはこんなにも、この自然現象を恐がるものなのか・・・ 思い掛けない彼女の反応に、そんな疑問も湧いてくる。そして、手を添えた彼女の肩が、あまりにも華奢で・・・ 本当に、普通の女の子じゃないか・・・ 【目覚め】という名で呼ばれている者でなければ、なんら普通の少女と変わりない・・・この弱々しい姿。 細い腕で必死になって自分にしがみついている姿を見ていると、なにやら別の感情も湧いてきて、それに気づいたイザークを 更にうろたえさせる。 何でそんな感情が湧いてくるのか・・・ 仕留めようとしていた【目覚め】が、余りにも弱き存在であることに・・・ いつの間にか、その存在をずっと今まで守ってきている事に・・・ そして多分共にいる間は、【目覚め】を狙う者達からずっと守り続けていくであろうという事に・・・ 周りから恐怖され疎まれるだけだった幼少期から今までの自分の人生には・・・決してなかった・・・ ここまで自分を必要とし、頼ってくれる存在・・・ 戸惑いと共に初めて感じた、感情だった。 その自然現象--雷--の鳴っている間、イザークは、そのままの状態でじっと立っていた。 いつの間にか夕立は止んでおり、雷も小さな音が僅かに聞こえるだけとなった。 ノリコはまだしがみつき、震えている。 「ノリコ、雷は治まった・・・ もう大丈夫だ・・」 その肩を掴みながら言う。その言葉に、ふっとノリコの身体の力が抜ける。 「・・・ぇ・・かにゃり・・?・・・おさまった・・・・?」 見上げると、やはり目と目が合った。途端にハッと我に返る。今の今まで無我夢中で気がつかなかったが、ようやく自分が イザークにしがみついていたのだと気づき、なんと大胆な事をしてしまったのかとノリコは急に恥ずかしくなった。 その顔がみるみる内に真っ赤になる。 「ごっ、ごめんなさいっ!」 急いでその身を離したものの、急な事でバランスを崩し、後ろに倒れそうになって、更にノリコは慌てた。 『ひゃあっ!』 「っ!」 華奢な身体がイザークに抱き留められる。危うく難は逃れたが、さっきまで自分がしがみついていたのとは違い、 今度は抱きしめられる格好になった。 「大丈夫か?・・・慌てるな・・」 イザークの腕の中で、その身体を竦ませた状態で、ノリコはようやく頷いた。だがやはり、その顔は赤い。 「ごめんなさい・・・ぁ・・ぁりが・・とう・・・」 「いや・・怪我がなくて良かったが・・・・・ん?・・怪我・・・」 そこまで口にして、イザークはある事に気づく。 「そういえばノリコ・・・走ったりして、足は大丈夫なのか?」 「へ?・・・あし?・・・あし・・・」 またもハッとする・・・ これもまた・・・無我夢中ですっかり忘れていた。 思い出した途端に蘇る痛み。しかも、夢中で走った為に、悪化したのか更に痛みが加わり・・・ 「あっっ!・・・痛ぅぅ・・・」 痛みに表情を歪め、その場にしゃがみこんでしまう。足先がズキズキする。 「大丈夫か、ノリコ?・・・足を見せてみろ」 「イザークぅ・・・ごめんなさい・・・」 「謝らなくてもいい・・・」 足の具合を診ながら、荷袋から薬を取り出す。 「化膿しているな・・・急に足に力を入れたり走ったりして悪化させてしまったか・・・ 膿を出す。解かるか? 少し痛むかもしれんが、我慢出来るか?」 顔をじっと見据えながらそう訊ねるイザークに、ノリコは若干恐々ながらも頷いた。 イザークは立ち上がり、腰に据えた短剣を抜くと、その先を火で焙る――――― 随分と早い刻限よりイザークが野営を張っていた理由。実はノリコの怪我に因る――――― 昨日休憩に立ち寄った池のほとりでのこと・・・ やや高めの気温に、ノリコは暑さを和らげる為に裸足で水に入った。つけたのは足だけだったが、ひんやりしていて 暑さ凌ぎにはもってこいだった。しかし運悪く、尖った石で足の指を傷つけてしまっていたのだ。 痛みが走ったが、その時は大した事はないと思い、イザークにも言わないでいたのが、結果として仇となる。 「・・・どうして、こんなになるまで我慢する?・・・」 今日の、陽がまだかなり高かった刻限のことだ・・・―――― 「が・・・がま・・ん・・・する?・・」 泣きそうな顔で、ノリコは言葉を繰り返した。それを見て、イザークは一つため息を漏らす。 「こんなになる前に、痛くなったら、言うんだ。・・・解かるか?」 今度は少しゆっくり目に、足を指差しながら告げた。 「・・・・い・・たい・・・ごめんなさい・・・」 俯いて、小さな声で謝る。その華奢な肩が竦んで、益々小さく見える。 ばい菌が入った所為か、ノリコの右足の親指は腫れてしまった。当然ながら歩けば痛みも走る。 「謝る事じゃない・・・ごめんなさいは余計だ」 「ごめんなさい・・・よけ・・い?」 「ああ・・」 言いながらも、袋から薬を取り出し手当てをしていく。そして周りを見回しながら、 「今日はこの辺で野宿だな。これ以上歩くのは止した方がいい・・」 「のじゅ・・く・・・?」 「そうだ、野宿・・・、ちょっとここで待ってろ・・」 「え・・・?」 「野営出来そうな場所を探してくる。ここで、待ってるんだ。・・・解かるか?」 「・・・・う・・ん」 そうして、ノリコをその場に残し、イザークは林の向こうに姿を消した。 そして見つけた場所が、ここだった。小高い山の更に高い場所で遠くまで見通す事が出来た。奥行きはそれほどでもないが 洞窟もあり、雨風を凌ぐのにも都合良く、しかも周りには動物の嫌う香りを出す植物も自生しており、夜中に動物に襲われる 心配もなかった。 ノリコの足の腫れが治まるまでは、この場所に足止めになるが、背に腹は換えられなかった。空いた時間は彼女の言葉の練習に 充てる事にし、確かに覚えるのには役立ったのだが・・・自然現象のおまけ付きという思わぬアクシデントに、 再度泣かされる羽目となった訳だ―――― 火で焙った剣先を使い、膿んでいる場所を切り開く。 「っ!・・・・」 やはり傷むのか、ノリコは目をぎゅっと瞑り、歯を食いしばって痛みに耐えた。 消毒し終えた傷口にイザークは薬を塗り、布を巻き直す。 「少し荒療治だが、この方が治りは早い・・・痛むか?」 「・・・ん・・・すこし・・・でも、だいじょぶ・・・ありがとう・・」 やや血の気の引いたような蒼い顔で、ノリコは答えた。 「痛む時は我慢するな。いいな?」 「う・・ん・・・」 それから――― 先ほどの夕立が嘘のように、今は雲一つ見えない。暗くなった夜空には、星が煌いていた。 カップに入った夕食のスープを飲みつつ、ノリコは言葉の練習をしていた。それこそ暇さえあれば、 言葉を一つでも覚える事に費やした。 『風・・・ターナディアス・・・空・・・タータ・・・』 空を見上げる。吸い込まれそうなほどの星空・・・・――――― 『星・・・星は・・・何て言うのかな・・・』 ノリコはイザークに視線を移す。その彼は、火にくべる木片を増やしていた。 だが、ノリコの視線を感じ、顔を上げる。 「どうした?・・・」 「あの・・イザーク・・・空の・・・えっと・・・火・・みたい、ちいさい・・・あかるい・・・あれ、なんていう?」 ノリコは空を指差しながら訊いた。 「空の小さい・・火?」 イザークも空を見上げる。 「星(ラスタ(※))のことか?」 「ほし(ラスタ)?」 「そう・・星(ラスタ)だ・・」 「ほし・・・わかった・・・ありがと、イザーク・・」 笑顔で礼を言うノリコに、イザークも笑みを返す。 そしてまたノリコは、星、星・・と呟きながら、ノートにそれを書き付けていった。 (※)一部、原作と被ってます。が、成り行きという事で(汗)。『星』の異世界語は管理人の脳内妄想の産物に付き…。 ―――― 夜は全てが静まり返り、ノリコの世界のような喧騒も、チカチカした電気の灯りも一切ない。 星空の下、虫の鳴き声がささやかに響き、焚き火の中で燃えはぜる木片のパチパチという音が辺りに響いた。 そんな中、ノリコの瞼が何度か重そうに開いたり閉じたりしている。 ずうっとぶつぶつと言葉の練習をしていたのが、いつの間にか静かになり、イザークはふとノリコに視線を向けた。 彼女の目が閉じられている・・・ 頭がやや前に揺れ、うつらうつらしているようだ。 それでも、書き付けの書誌は手離さずに、しっかりと抱えている。 そんなノリコにイザークは苦笑一つ漏らすと、立ち上がって彼女の傍まで来る。そして、起こさぬようにそっと 抱き上げると、さっき調えたばかりの寝床に、静かに横たえた。 抱き上げた際に落ちた書誌を拾い上げる。ふと、捲れている面に目が行った。しかしながら何が書いてあるのかは解からない。 一生懸命覚えた言葉であるのは確かだろうが、見慣れぬ異国の言葉、やはり何の事を書いているのかは解かる筈もなく・・・ イザークはふっと微笑い、開いている面を閉じ、それをノリコの枕元に置いた。 それにしても・・・ 無防備な奴だなと思ってしまう。 安心して眠るその姿。俺に対して全く警戒心というものがない。 俺を信頼してくれているのだろうが・・・ 男の俺が傍にいるというのに、不思議な奴だ。 そりゃ、最初からこいつをそういう対象として捉えた事はなかったが・・・・ それとも、ノリコの世界ではこれが当たり前なのか・・・? ・・・訊いてみた事はなかったが・・・・ そのあどけない寝顔に、ふ・・と笑みが漏れる。 ――――掠める記憶・・・つい先ほどの事だ・・・ 「楽しそうだな・・・」 「え?・・・」 ノートに書き付けながら言葉の練習をしている彼女にそう振ると、ノリコはきょとんとした顔で俺の顔を見つめた。 そしてすぐに、にこりと微笑って・・・ 「うん、たのしい!すごく!」 彼女が笑顔で話す時・・・ まるで本当に吸い込まれるかのような、そんな感覚が拭えない・・・ 「えっと・・・おぼえる・・・いっぱい・・・ふえる・・・イザークの、おかげ・・」 「ノリコ・・・・」 「えっとね・・・はじめ・・・ことば・・・わからない。イザーク・・・・あたし・・・はなし・・・だめ・・・ でも、いま・・・ことば、すこし・・・わかる。イザーク・・あたし・・はなし・・する・・・だいじょぶ!」 身振りも交えながら、ノリコは一生懸命自分の気持ちを話してきた。 「きのう・・これくらい・・・きょう・・・こんな、たくさん・・・ことば・・・おぼえる・・・・うれしい・・・」 「・・・・・・でも・・・」 笑顔で話していたのに、急に言葉を濁し、少しだけ表情を雲らせて・・・ なにやら元気がなさそうで・・・ 「?・・・どうした?」 「あっ・・・ううん、なんでも、ない・・」 慌てて両手を振って、取り繕うかのように・・・・ また彼女は笑顔に戻った。 本当は何を言いたかったのだろう・・・ 「ノリコ・・・?」 「ありがとう・・・いつも、いつも・・・ぜんぶ・・・イザークが・・おかげ・・・ありがとう」 「・・・・ノリコ」 その時のノリコは、穏やかに微笑っていた――――― 「・・・・・・・・・・」 穏やかな寝顔・・・―――― ・・・やはり、惹きつけられる・・・ 知らず、じっと見入ってしまう。 どうして、こいつの笑顔にこんなに惹きつけられるのか・・・ 当ても解からず、ただ俺にくっついて来るしかない旅だというのに・・・ どうして、こんなに笑顔になれるのか・・・ いや・・・不安は多分、今でも抱えていることだろう。 それでもこいつは、自分に出来る事を頑張ろうとしているんだ・・・ 今の自分に出来る事を・・・ 泣き言も言わずに・・・・ ―――きゃあああーーーー!!!!! ・・・・・・・・! ―――いやあああ!!! 近寄らないで、イザーク!!! ・・・・・・・・かあ・・さん・・・ ―――恐ろしい・・・こんな子を・・・こんな子を・・・ああー!! いやあああーーー!!!! くっっ――――!!! 俺を恐れ・・・ そして拒絶した・・・ かつての家族・・・ そして、俺を遠ざけた・・・ 周りの人間達・・・ ぎゅっと目を瞑り、否定するかのように首を左右に振った。 『・・・・ん・・・いざぁ・・・く・・』 「・・・・・っ!」 自分を呼ぶノリコの声に、弾かれたかのように我に返る。・・・再びその顔を見入る。だが、彼女の言葉はない。 それが寝言なのだと解かり、吐息混じりの苦笑を漏らす。 昔の記憶・・・ 笑顔で俺に接する事など・・・決してなかった、家族・・・ なのに、赤の他人のこいつが、俺に笑顔で接してくれている・・・ 皮肉なものだな・・・ もっとも、こいつは俺の事を知らないのだから・・・当然かもしれん・・・ ・・・・・・もし、こいつが俺の事を知ったら・・・ こいつは俺から離れていくのだろうか・・・ かつての家族のように、俺を恐れて・・・ また吐息。そして自嘲・・・ ノリコにそっと毛布を掛けてやり、イザークは立ち上がろうとする。 『・・・ぁ・・り・・が・・と・・・ いざ・・・く・・・・』 「え・・・・・」 彼女の寝言にハッとする。その言葉は勿論異国の言葉。だが、今までにも何度か聞き覚えのある言葉だった。 以前彼女がたどたどしくも、教えてくれたその言葉・・・・――――― ―――― ありがとう ―――― 感謝の意味を伝える言葉だと・・・・・ 一生懸命単語を並べ、そして身振りも交えて・・・・・・ 「《ありがとう》・・・か・・・」 ふ・・と、また笑みが漏れる。そしてすぐ、こんな事で自然と笑顔になる自分にも驚いた。 以前の自分には、決してなかった事だから・・・・ 何故、こんな感情が湧くのだろう。 自分の中の小さな変化に驚かずにはいられなかった。 確かに嫌な感情ではない。・・・だが、それに身を委ねる訳にはいかないという思いもあった。 洞窟の外に出た。誘われるかのように、ふと空を見上げる。 星は輝きを増す・・・―――― 何もなかったかのように・・・―――― 自分の抱える悩み・・・ そんなものなど全て、最初からなかったのだと思わせるほど・・・ 心の中まで、洗いざらい流してくれているのだろうか・・・ 一人の時には、こんな自然の変化に気に留める事などなかったのに・・・ 本当に不思議なものだと感じる。 ・・・ノリコにとって、この世界で生きる事は辛い事ばかりかもしれん。 今まで何も知らせないまま、彼女を連れ回していたが・・・ 彼女にとって何処か安心出来る場所を設けてやらねばならないのかもしれん・・・ 深く息をつく・・・ 一番いいのは、元の世界に戻してやることなのだろうが・・・ 方法が解からん以上、どうしようもない。 俺は彼女を長く連れ回す訳にはいかない・・・ 彼女が日常会話にも困らなくなるまでに、何とかこの世界での安住出来る場所を・・・ そこまで考え、・・・ふと、そんな事を考える自分にもまた苦笑を漏らした。 いつの間にか・・・彼女の行く末まで案ずるようになっている・・・・ この俺が・・・ なんてことだ・・・ 再び、空を見上げる。 あの凄まじい雷雨が嘘のように煌く、満天の星達。 「タータ・・・トエ・・・ニーケ・・・・」 柔らかな夜風が、彼の漆黒の髪をくすぐるように吹き、そして樹や草の間を抜けていった。 冷気が頬を掠める・・・―――― 微かに小鳥の鳴く声。遠くから聞こえて来ていた。 『・・・ん・・・』 薄っすらとノリコは目を開ける。白い空気が辺りに漂い、肌寒い外気が漂っていた。 『・・・霧?・・・・』 向こう側が霞んで見える。どうやら朝もやが立ち込めているようだ。 やおらノリコは起き上がり、ゆっくり歩いて洞窟の外に出た。 霧が立ち込めている為、僅かに見えている場所と白っぽく漂う場所とで、景色を一層幻想的に見せていた。 『キレイ・・・・・』 肌寒い空気、そして太陽は、霧の所為で淡く小さく見える。 ノリコは両肩を抱きしめるようにしながら、見えている景色を一人堪能した。 『ぁ・・・いけない・・・えと、えと・・・』 「きれい・・・けしき、とても・・・きれい・・・うん、よし・・」 慌ててこの世界の言葉に言い換える・・・ 振り返ると、イザークはまだ眠っていた。しかし、左手は剣の鞘を握っている。 何かが来た時にいつでも対峙出来るように、ぐっすり眠リこむ事はないのだ・・・と教えてくれた。 一人なら気楽なのだろうに、自分がくっついてる所為で余計な気を遣わせてしまってる。 昨夜も遅くまで火の番をしててくれてたのだろう・・・ 自分はいつの間にか眠ってしまっていた・・・ 申し訳なく思う気持ちと感謝の気持ち・・・その二つが同時に溢れてきて・・・ ノリコはそっと近づくと、自分が使っていた毛布を、イザークにそっと掛けた。 (昨日の雷で、醜態晒しちゃったもんね・・・ごめんね、イザーク・・) そしてノリコは、自分が使った夜具を静かに畳む。 自然現象だとは重々承知している。でも、雷だけは苦手・・・どうにも好きになれない。 それにあの独特の音が嫌。落ちて来るんじゃないかという恐怖心・・・小さい頃、何処かの建物の避雷針に 雷が落ちる瞬間を見た。その時の閃光、そして音。心臓がドキドキした。以来、恐いイメージがどうしても拭えない。 後は気持ちの悪いのもダメ・・・たとえそれが、一生懸命生きているのだとしても・・・ この世界は、その生き物の類もあの雷でさえも、とにかくスケールが大き過ぎる。 でも、夢中だったとはいえ、またもイザークにしがみついてしまった。 ああ、とんだ醜態・・・。多分呆れちゃっただろうな・・・ だけど・・・彼が傍にいてくれるだけで・・・ 何故だか凄く安心出来て・・・ ふと、ため息がまた漏れた。 (そうだ、火を熾しとこうか・・・あたしでも出来るよね・・) 昨日の焚き火の跡に火種が残ってないか、木片で探ってみる。 (イザークみたいに火を操るのは無理だけど、せめて火種が残っていれば・・・) 学校の夏のキャンプで教わった事が、役に立つかもしれない。ノリコはそんな風に考えていた。 火種を残しておけば、マッチなどの火器がなくても急場の凌ぎに充分間に合う。 探っていたら、小さな火種がまだ残っているのを見つけた。 (あった!良かった〜) それに木屑を撒き、少し息を吹き掛けた。チロチロと火が燃え始める。 (やった!あたしにも出来た!) 消えないように、注意深く木屑や木片を足していき、また息を掛ける。どうやら順調に燃えてくれそうだ。 ふぅ〜・・・ 漏れ出る、ため息。 (温かい・・・もう少しすれば、霧も晴れるかな・・・そしたらお日様も出てきて、もっと暖かくなるよね・・) パチパチと燃える火を見つめながら、ノリコは微笑う。 (今日もいい事があればいいな・・・) ――――――・・・・・・っ! イザークは目を覚ました。身体を起こして、自分に一枚余計に毛布が掛けられているのに気づく。 毛布を手に、怪訝な表情になる・・・ 「・・・・・・・・」 ノリコの夜具はキレイに畳まれていた。視線をノリコに移す。 昨日の焚き火の所でノリコが何かをしている・・・? ・・・・火・・どうやって熾したんだ?火の熾し方はまだ教えてなかった筈なのに・・・ 「何をしている・・ノリコ・・」 「えっ・・・・」 後ろからの声に振り返ると、そこには起きて来たイザークが立っていた。 「イザークっ・・・あ・・・おはよう・・ございます・・」 「・・ああ。・・・何をしていた?・・火を熾したのか?」 「ぁ・・・うん・・あの、ちいさい、火、すこし、のこる・・・それに、木、いれた・・」 「・・・そうか、種火が残ってたか・・・上手く生かしたな・・」 そしてイザークは傍らに屈み、更に木片をくべて手を翳し彼の気で火を大きくした。炎が勢い良く燃える。 (凄い・・・いつもながら鮮やか〜・・・) 火を操るイザークの力に、ノリコは感心しながら見入っていた。 「足はどうだ?痛まないのか?・・」 「え・・あし・・・・いたむ?・・・・あ・・・」 朝もやに心奪われて、足の事などすっかり忘れていたのに今頃気づく。 「また、わすれた・・・でも、・・だいじょぶ・・・いたいの・・ない・・・」 「見せてみろ・・」 「うん・・・」 足に巻いている布を取り、膿を出した箇所を診た。昨日はこの白く細い足に傷が痛々しかったが、今朝はもう その腫れも引いており、状態は幾分マシになっているようだ。 「きり・・・でてた・・ きれい・・すごく・・・だから、あの・・・あし・・わすれた・・」 言われてイザークも辺りを見回した。 「そうだな、昨日の雨で湿気が多くなってる所為だろう。・・・だが、すぐそこが崖になっている。景色に見とれて足を 踏み外すなよ?」 言いながら、ニッと悪戯に微笑う。 前が崖!・・・そんな事も忘れてた・・・ 冷や汗が滲むのをノリコは感じた・・・ 「足の腫れは引いてはいるが・・・本当に痛くないのか?」 「・・・だいじょぶ、いたくない・・」 「そうか。この分だと、休みながらゆっくり行けばいいな・・・」 「イザーク・・あたし、たくさん、やすんだ。・・・だから、も・・だいじょぶ・・・」 両の拳をぎゅっと握り、力を込めてノリコは断言する。 だが、イザークはノリコの目をじっと見つめ、 「・・・ノリコ、前にもそうやって無理をしただろ?具合が悪いのに我慢して挙句に熱も出た。もう忘れたのか?」 ややたしなめるような、その口調。 「イザーク・・・ぁ・・・」 イザークの言葉で思い出す・・・ そうだった。・・・一ヵ月半ほど前。気がつかなかった自分も莫迦だけど、熱が出て倒れてしまったんだ・・・ 結局その時も、イザークに迷惑を掛けてしまって・・・・・ 迷惑掛けないつもりが、いつも裏目に出ちゃう・・・ 「次の街に着いたら馬を調達する。それまでの辛抱だ・・」 「つぎの・・まち?・・・う、うま・・お・・しょ・・たつ・・・」 「次の街で、馬を調達する」 「う、うまをちょう・・ちゃ・・ちゃ・・・」 「調達」 「ちょ・・ちょう・・たつ・・・・する」 「ふっ・・・・良し」 彼女が一生懸命であればあるほど、どこか可笑しく・・・ そしてその姿が健気で・・・ イザークがくっと微笑ったので、ノリコも表情が明るくなる。 そして、その後も忘れないように、ノリコはもごもごと何度も言葉を繰り返した。 そんなノリコを見、イザークはまたも自然と笑みが漏れてくるのを感じていた。 出発の準備をしている時―――― ノリコがぽつりと呟いた。 「きょう・・・きのうの、すごいおと・・・しない?」 「昨日の凄い音?」 「あの・・・えっと・・・かみゅない?・・」 「ああ、雷か・・・」 「かみなり?」 「そうだ。・・・この分なら今日は心配要らんだろう・・」 それを聞いて、ノリコはホッと胸を撫で下ろす。 「・・・・恐いのか?」 昨日の彼女の狼狽振りを思い出し、またくっと微笑う。 「ぅ・・・かみなり・・・おと、ここの、せかい、すごく、おおきい・・・おどろく・・・むね、どきどき・・・する・・」 「ノリコ・・・」 「ごめんなさい・・・きのう・・・あたし・・・」 幾ら雷が恐いとはいえ、昨日のような醜態はやはり恥ずかし過ぎる。 家族にも呆れられたほどだし、慣れなければ・・・との思いに苛まれる。 「こんど、・・・あの・・・がんばる・・・あたし・・・かみなり・・・がまん、がまん・・・がんばる・・」 真っ赤になりながら俯き、その手をぎゅっと握り締めながら、小さな肩を震わせている。 ・・・・・・・・くくっ・・ こういう時に笑うのは恐らくは不謹慎なのだろうが、彼女の仕草一つ一つが何故だか可笑しくて・・・ 本当に自然と惹きつけられる。そしてそれは、今もまた例外ではなく・・・・ いや、彼女にとっては、多分に一大事なのだろうが・・・・ 「無理するな、ノリコ・・・」 「え?・・・」 イザークの意外なその言葉に、ノリコは顔を上げた。彼は苦笑している。 「誰にでも、苦手なものはある。別に恥ずかしい事ではない・・・」 「・・・イザーク・・」 ・・・守ってやりたい・・・ そう思えるのは・・・何故だろうか・・・ 「この時期にあんな雷雨に見舞われるのは、珍しい事だが・・・」 言いながら、荷物を肩に担ぐ。 「今度また同じような事があって、それでも恐ければ・・・遠慮はするな」 「え・・・・・・・」 「俺の胸で恐怖が和らぐのなら・・・いつでも貸してやる・・」 「・・・・ぃ・・イザーク・・」 見開いた瞳で、彼を見つめる。そんな風に言われ、赤くなった。 彼の言葉で、今まで懸命に保っていた何かが、ふっと軽くなるような・・・・そんな感覚を覚えた。 肩に乗っかる重たいもの。必死で・・・それこそ頑張っていこうと、必死で保っていた部分・・・ それが・・・軽くなっていく・・・ 確かに、安心出来る・・・ イザークの胸は・・・広くて、温かくて・・・・ でも、それは・・・ 「でも・・・めいわく・・・イザーク、たいへん・・・あたし、いて・・・いつも、いつも・・・めいわく・・・」 「ノリコ・・」 火の始末を終えたイザークが、歩き掛けにノリコの頭をくしゃっと撫でる。 「え・・イザーク?」 「要らぬ心配だ・・・」 穏やかな笑顔で、そう告げた。 ・・・厄介なのは百も承知だ。 嫌で仕方ないのなら、当の昔に彼女を置いていっただろう・・・ だが、自分にとって望むべき存在ではなくても、彼女を責める事は出来ない・・・ 知らない間に過酷な宿命を負わされてしまった彼女を、責める事は出来ないのだ・・・ 「・・イザーク?」 「・・・・・ぅ・・・」 思考の海から引き戻され、ハッと我に返る。 ノリコにじっと見つめられている事に気づき、その顔が若干赤い。 「・・・ぁ、いや・・」 ・・・いったい何をうろたえる・・・ この俺が・・・ 「・・何でもない・・・行くぞ・・」 「ぁ・・・うん・・・」 イザークの後にノリコも続くが、彼の足取りがこれまでよりも若干ゆっくりになっている。 そして、時々後ろのノリコを伺う視線・・・ 「足は大丈夫か?・・・痛くなったら言うんだぞ?」 「・・・・うん、ありがと・・」 その気遣いを嬉しく思う。 そして、段差のところで差し伸べられる手・・・・ 「え?・・・」 その顔を見上げる・・・ 「気をつけろ、段差がある・・」 「あ・・・ありがとう・・」 何だろうか・・・本当に心が軽くなる・・・ こんな自分を見捨てずに、連れて歩いてくれる。 嬉しい・・・ 心地良い風が、心の中に吹き抜けていくようで・・・ ノリコはイザークの手を取った。温かかった。 不安な気持ちに苛まれた事もあったけど、優しさに触れて、それが一つ、また一つと拭われていく・・・ 彼が手を差し伸べてくれているんだ。 とにかく自分に出来る事を見つけて、頑張って行こう。 そして、いつか・・・彼に必ず、恩返ししたい・・・――――― 爽やかな風が吹き抜ける・・・ それがとても心地良かった。 今日も世界に平等に光が注ぎ、そして風が吹く・・・ 新しい一日が、人々により素晴らしい日として刻まれていくようにと。 (了) ![]() |
||
☆☆夢霧さまから頂きましたv☆☆ カタコトノリコのお話が読みたい〜!と言う 私の我侭をとてもステキなお話に仕上げてくださいましたv 可愛いだけじゃなく、頑張ってるノリコですよv もうイザークに渡したくないですw(コラ) 本当にありがとうございました〜〜♪ こちらに載せさせて頂くのに省かせていただいた夢霧さまのコメントは本家サイトさまへv とてもステキなお話が沢山読める夢霧さまのサイト<蒼の彼方>様は こちらv |